思記 / @southwisteria の日記

流れに逆らう舟のように

栗城史多さんの評価はなぜ二分するのか

二分する栗城さんの評価

登山家の栗城史多さんが亡くなった。数年前に駒場で少人数の講演会をしてくださった時のことを思い出す。人懐っこい笑顔が印象的で、ああこの人がたくさんの仲間を集められる理由もわかるな、と思える素敵な方だった。それだけに今回の訃報は本当に残念であり、悲しかった。栗城さんのご冥福を、心よりお祈りしたい。

さて、栗城さんの死後、彼の挑戦についての評価は肯定派と否定派で真っ二つに分かれた。一方では栗城さんを絶賛し、一方では栗城さんに懐疑的な眼差しを向けている。前者は起業家や経営者などが多く、後者は登山に関わる人が多い印象である。本稿では両者の立場の整理を通じて、相互理解を促進することを試みたい。

結論を先に言えば、以下のようになる。

  1. 両者は「挑戦は重要である。」という点については同意見であるが、「挑戦において最も重要なものは何か?」という問いに対する答えが異なっている。
  2. 「それはパッションだ」と考える人は肯定派、「それはリスペクトだ」と考える人は否定派の立場をとっている。
  3. 挑戦において最も重要なものは、どのようなフィールドにおける挑戦であるかに大きく依存する。
  4. 今回の件に関して言えば、登山の専門性・危険性の高さ故に、リスペクト派の主張がより説得的だと僕は考える。

肯定派と否定派が共有する前提 

肯定派と否定派は一見正反対のように見えるが、実は大きな前提を共有している。それは「挑戦は重要である」という考え方である。肯定派はもちろん、この考え方故に、挑戦に生きる栗城さんを応援しているわけだし、否定派が栗城さんに懐疑的なのも、彼らが重要だと考えている挑戦に対する栗城さんの態度に不信感を抱いているからである。

栗城さんの一部の肯定派は、否定派を批判する際に「挑戦の価値を軽んじている」という旨の主張をすることがあるが、これは大きな誤解である。否定派は登山家など、栗城さんと同じ挑戦に携わっている人が多い。挑戦に生きている彼らは当然、挑戦することの意義を重要視していると考えた方が自然だろう。

肯定派と否定派の分かれ目

問題はここからだ。挑戦を重要視している両者の意見が分かれるのは、「挑戦において最も重要なものは何か?」という問いに対する答えである。「それはパッションだ」と考える人は肯定派、「それはリスペクトだ」と考える人は否定派の立場をとっている。

肯定派は、周囲から「無謀だ」と言われようと挑戦を貫いた栗城さんのパッションを高く評価している。その背後にあるのは、熱意を持つことこそが挑戦において何より大切だ、という考え方である。肯定派の起業家や経営者は、周囲から無謀だと言われようともパッションを持って努力する経験があった人たちであり、その姿を栗城さんと重ねているのだろう。つまり「肯定派=パッション派」と言える。

一方、否定派は、栗城さんの挑戦を「無謀だ」としている。より詳しく言えば、「今の方法ではその挑戦は間違いなく失敗に終わることは先人を見ても明らかなはずなのに、なぜ挑戦し続けるのかがわからない」と考えている。その背後にあるのは、挑戦するに当たってまずすべきは、挑戦する対象である山、あるいはその山に挑戦してきた先人に敬意を払い、入念に準備することであるという考え方である。否定派の実際に登山経験がある人々は、山がどれほど恐ろしい場所かを身に染みて理解しており、それ故に、リスペクトを欠いた挑戦を繰り返す栗城さんが許せないのだろう。つまり「否定派=リスペクト派」と言えよう。

挑戦の両輪としてのパッションとリスペクト

筆者はここで、パッション派とリスペクト派のどちらが優れているかについての一般論を述べたいわけではない。以下のふたつの理由から、それには大きな意味がないと考えるからである。

一点目に、当然のことだが、挑戦にはパッションとリスペクト両方が大事だからである。起業家や経営者だって、先人の事例を敬意を持って学ぶことで正しい判断に近づくことができる。登山家だって、最後に挑戦に足を向けるのは、「あの山に登ってやる」という熱意だろう。両者は車の両輪である。

二点目に、一点目を踏まえた上で、パッションとリスペクトのどちらがより重要かはその時の固有の文脈に依存するからである。具体例をあげるまでもなく、一般論として、優劣をつけることは不可能なことは読者にもお分りいただけるだろう。

その上で、僕はどちらを支持するか

その上で、今回の文脈で考えると、リスペクト派の主張の方が筋が通っているように思える。というのも、登山というのは極めて専門性・危険性の高い挑戦だからである。

筆者の拙い登山経験から考えても、登山は命の危険と常に隣り合わせであり、それを回避するために極めて広範な知識と経験が必要となる。エベレスト登山などになれば尚更である。挑戦の専門性が高ければ高いほど、挑戦はパッション一辺倒では成立しない。その挑戦をどのように成り立たせるかをしっかりと戦略立てて考え、場合によっては挑戦自体を諦めるという勇気ある判断も必要になる。そして、それを可能とするのはもちろん、先人や山への敬意である。

繰り返すが、僕は栗城さんを素敵な人だと思う。しかし、栗城さんの挑戦の巨大さに比べて、その挑戦に対するリスペクトは必ずしも大きくなかったのもまた事実である。この点について、栗城さんは批判されて然るべきだと思うし、その批判を展開するリスペクト派の人たちに「挑戦に水を差す頭の固いやつら」というレッテルを張ろうとする一部のパッション派のあり方は不誠実であるように僕には見える。もちろん、僕は目にしていないが、パッション派へのレッテル貼りも同様に不誠実な行為であることは言うまでもない。

栗城さんの死を悼んで

 そしてもちろん、栗城さんへの評価と、栗城さんへの哀悼の意は分けて考えて頂きたい。 たとえ栗城さんの挑戦がリスペクトを欠いたものであったとしても、その挑戦が多くの人に勇気を与えたのは紛れも無い事実であり、栗城さんの挑戦に間違いなく意義はあった。繰り返しになるが、心から栗城さんのご冥福を祈りたいと思う。

矯正から共生へ -我々はいかに共にあるか-

切り分ける重要性

僕は論理的な人間だとよく言われる。言語化を好むともよく言われる。そしてたまに「論理だけが全てじゃないよ」「なんでも言葉にできるって思わないで」と諭される。お言葉ですが、と僕は心の中で思う。そんなことは僕は百も承知である。僕は論理や言葉の限界をよく知っているつもりだ。そしてそれこそが、僕は論理的であろうとする理由であり、なるべく言語化しようとする理由である。

少し説明を加えよう。なお、言語化するというのは言語という外部の形式に事象を位置付けるという行為であるため、必然的に(ある種の)論理的思考を伴う。また、論理的思考のためには事象を操作可能な概念にする必要があるため、必然的に(ある種の)言語化を伴う。論理と言語の複雑な関係については本題から外れるのでこれ以上言及しないが、以下の文章では、言語化と論理的思考は近しい概念として取り上げる。概念を杜撰に用いていることは自覚しているが、どうかお許しいただきたい。

他者という事象は、言語化可能なものと言語化不可能なものが入り混じっている。全て言語化可能であれば、これほど楽なことはない。しかしそうではないと我々は直感的に知っている。しかしそこで「この事象は言語化不可能」と断定してしまうことは思考停止である。言語化可能なものと不可能なものの混成物を前にして我々がなすべきことは、事象から言語化可能な部分と不可能な部分を切り分け、前者を言語によって処理してしまうことだ。それによって、言語化不可能な問題に我々はようやく向き合うことができる。

多くの場合、前者の問題は大した問題ではない。なぜなら言葉を与え、論理的に思考できる部分については、論理に従って結論を出すことができるからである。問題は後者である。後者の存在ゆえに、その事象が提起する問題は回答が難しくなっている。ゆえにこのような問題に直面した時には、言語や論理によって回答できる部分を先に処理して、その上で言語化できない後者を真正面から見据えるべきだ。だから僕は論理的であろうとするし、言語化できる部分はすべきだと考えている。

類似した構造として、お金と社会問題の関係があるだろう。お金で解決できる問題は重要な問題ではない。ゆえに社会問題の解決のためにお金は重要である。なぜなら、社会問題の根幹にあるのはお金では決して解決できない問題であり、その問題に全力で取り組むべきなのに、お金で解決できるような”瑣末な”問題に足を取られているのは勿体無い。だから社会問題に向き合う時、我々がまずすべきは、どこがお金(あるいはその他の手段)によって解決できる部分であり、どこがそうでないかを見極めることだ。

切り分けるという暴力

ここまで書いてきたが、そもそも事象における言語化可能領域と不可能領域の二項対立はどこまで正しいのかという問題がある。それらのカテゴリーが所与として存在しているのではなく、むしろ、事象に外部から言葉を与えた瞬間に、言語化可能領域と不可能領域が立ち現れてくるのではないか。別様に言葉を与えれば別様に、その二つが立ち上がってくる。言語化不可能領域がそれ自体としてあるわけではなく、切り分け方次第で、事象の一部がその領域として色づいていくのだ。

こう考えると、論理的・言語的であろうとする自分は極めて攻撃的な存在なのかもしれない。なぜなら、いくら論理的であろうとしても、論理は中立ではありえないからだ。論理に先立ってその基盤となる自分があり、その自分に従って論理が組み立てられている以上、論理もまた自分の恣意的な枠組の一つに過ぎない。その枠組を振りかざし、さも中立を装いながら近づき、相手の総体を言語化可能領域と不可能領域に切断する。相手を自分なりの形で分解して、相手を理解した気になる。そんな人間と会話することは恐ろしい。いつ相手のナイフで自分が切り分けられるかわからない状態で、相手と落ち着いて話すことなんてできないだろう。中にはあえてそういうコミュニケーションを相手に対してとる人もいるが、僕はそういう人が嫌いだった。しかし、相手を理解しようとする気持ちが動機としてあったとはいえ、僕もまた、そういう人間だったのかもしれない。

でも、それでも、僕は他者を理解したい。きっとわかりえない何かがそこにあることは知っているし、枠組を当てはめてしまう暴力が不可避であったとしても、でも僕はあなたをわかりたいし、あなたにわかってほしい。そのために僕らができることは、お互いを自分の枠組で整理しつつも常に枠組に対する懐疑を抱き続け、場合によっては解体する勇気をもつことだ。それがコミュニケーションというものだろう。こんなにも論理や言語は不完全なのにも関わらず、残念ながら、人類はそれ以上に普遍性のあるやりとりの仕方を見いだせていない。だから僕らは、僕らの手持ちのこれらを、なんとか使って生きていくしかないのだ。そう信じて、論理や言語の危うさや不完全さを十二分に理解しつつも、今日もそれに頼り続ける自分がいる。

足場を矯正することなく他者と共生する

さて、先ほど、言語化できない領域の方が人間にとって重要だという話をした。では、言語化不可能領域とはどういうものだろうか。

こういう時は、逆のものを考えてみればわかりやすい。言語化可能領域とはどういうものだろうか。要するに言語化可能で論理的に思考可能な部分である。「あなたはどういう人間ですか」と問われた時に回答可能なもの、といえばわかりやすいかもしれない。「私は生真面目な人間です。今まで一度も学校を休んだことがありません。」「私は小さい時に野球をやっていたことから野球観戦が好きで、阪神タイガースの開幕ゲームは毎年行ってます。」などである。

「なぜそうなのか?」という問いを自分にぶつけ続けて、このような自分の言語化可能領域を無限に増やしていくとする。とすると、どうしても最後に、「言葉にはできないけどこれはどうしてもこう」という部分が生まれる。なぜか、と問われてもこうだから、としか答えられない箇所が必ずある。なぜなら論理には足場が必要だからだ。その足場は、我々の中にどうしようもなく存在しており、説明不可能なくせにそのどうしようもない足場から全てが出発しているのだ。それはもはや信仰に近い。結局のところ、それが神であるかどうかはさておき、人は何かを無条件的に信じなくては生きていけないのだ。生きることの基礎付けは、生きることの内部では不可能なのである。

そしてその足場は、他者から見ればなんとも非合理的で、不恰好で、不自然に見えるかもしれない。しかしその当人にとっては、そうであらねば、いろんなものが崩れてしまうのだ。だから、それを解体しようとする他者に出会った時、そしてその解体がその足場に触れてしまった時、人は極めて防衛的になる。そこを崩されてしまえば、自分の全部が崩壊してしまう。自分の整合性が破れて、矛盾に自分が晒されてしまう。その破壊から身を守るために、解体者を人は遠ざける。それは防衛本能と呼んで良いものかもしれない。

このように書くと、この足場なるものは不変で、人間の人生を縛り続けるもののように思えるかもしれない。人間は結局変わらないという本質主義かと思う人もあるだろう。しかしそれは違う。諦めるのはまだ早い。足場は確かにどうしようもないかもしれないし、足場自体をどうこうするのはできないかもしれない。しかし、捉え方を変えることによって、足場の位置をずらすことはできる。この「ずらす」という作業が重要だ。何かのきっかけで世界の見え方がガラリと変わった経験は誰にでもあるだろう。それと同様に、自分のなかでどうしようもなく存在する何か、それ自体を取り除いたり改変したりすることが不可能だとしても、それとどう向き合っていくかを変えることはできる。

だから、自分が理解できない他者が眼前にいた時、我々がすべきことは、相手の足場を自分の言語によって暴いて否定するのではなく、かといってそのどうしようもなさの前に立ちすくむのでもない。自分と相手の体系をすり合わせ、可能な限り相手に内在的に、相手の中にあるどうしようもなさを理解する。その上で、それとどう向き合っていくべきか、それと世界をどう接続していくかについて思考する。他人の非合理性を糾弾したって意味がない。だって人間なんて程度が違うだけで誰もがいい加減で、誰もが非合理的なのだから。大事なのは、「相手のどうしようもなさをどう矯正するか」ではなく「そんなどうしようもない他者といかに共に生きていくか」である。各々の信仰の自由を最大限に尊重しつつ、それをいかに共生に導くかについて考えを巡らせる。矯正から共生へ。ユートピア的と言われるのは百も承知だが、僕が知る方法の中で、これが最もベターな在り方だと思う。

分解・理解・再構築-春から大学生の君に僕が伝えたいこと-

4年前の僕に贈る言葉

桜がほころぶ季節となった。春は新天地に身を投じる季節でもある。今回は、大学生活5年目を迎えようとする僕が、大学生活をこれから始めようとする人々に向けた文章を書きたい。とはいえ春から大学生になる人をぼんやり想像して一般論を語ったところで、毒にも薬にもならない文章が出来上がるだけだろう。だから僕は、以下の文章を、4年前の自分に向けて書く。まだ何も知らなかった自分に向けて、彼の無知をあげつらうわけでもなく、しかし彼の青い気持ちをむやみに称揚するのでもなく、僕が彼に向けられる全力の誠実さで、彼のこれからの日々に向けた助言を贈りたい。以下の文章が彼に届くことは残念ながらないが、その代わりに読者諸君に、何かしらの気づきを与えられれば望外の喜びである。

分解・理解・再構築

さて、4年前の僕へ。今の僕が君に伝えたいことは、たったひとつだけだ。

 

「分解・理解・再構築の絶え間なき繰り返しによって己を知りなさい。」

 

大学生活は学生と社会人の結節点にある。今まで自分が蓄積してきたものを社会とどう接続していくか、それが大学生活で君が考えるべきことだ。とはいえ、大学生活でその完全な回答を見つけることは不可能だと僕は思っている。そこには暫定解しか見出し得ない。大学生活を過ぎて、その回答が変わることは大いにあり得るだろう。だから大切なのは答えそれ自体じゃない。その答えをどうやって見つけていくかのプロセスを自分でしっかり持つことだ。そのプロセスこそが、上記の「分解・理解・再構築」である。以下、順番に説明していこう。

分解

おそらく今の君は、自分に自信を持っていることだろう。自分の成し遂げてきたこと、それを成し遂げさせた自分の能力によって、これからの道を切り開いていけると信じていることだろう。しかし、それは愚かであると言わざるを得ない。君はこれから、全く違う尺度、価値観に溢れた新たな場所に行く。その場所に行くのに、君自身がそのままでいられるわけがないだろう。そのことに気づかない君は、今までの自分を否定する恐ろしさから逃れるために、新天地でもがき苦しむことになる。これまでの人生で多くを成し遂げてきたことが、逆に君の枷になる。君の行動を縛り、思考を縛り、君を溺れさせる。しかしその枷を外してしまうことは、君の自信の根源をも奪うことだから、君はその枷が君の首を締めようとしても、その枷を外そうとしない。

あえて言おう。君がまずすべきは徹底的な自己破壊だ。君は君の存立基盤から、全て打ち砕く覚悟を持たねばならない。自分の語り、自己理解、無意識な自分の擁護、そういったものを全て明るみに引きずり出してひとつひとつ断罪して行く。君が内面の整合性を優先した結果、放置してきた位置付けられない何者かを心の中に迎え入れねばならない。つらく苦しい作業だが、残念ながら、君はこれを避けて通ることはできない。

では具体的にはどう破壊できるのか。そこで用いるべきが外部である。

例え話をしよう。大学で書くレポートには、作法がある。引用方法や文章の書き方、注釈の付け方など、細かいルールがたくさんある。なぜそんな細かいルールに縛られなければならないのか、自由に書かせてくれと君は思うだろう。しかしそれは違う。君は一見自由にものを書いているように見えて、実は君は君の中の慣習の奴隷になっている。そこで、外部にある方法論を学びそれに従うことで、君は君の慣習から自由になることができる。このように、外部を知り、それを取り込んでいくことは、自分の中にある自分の慣習を自覚し、それを相対化することができることに繋がるのだ。

その外部は、なんでもいい。それは本当に人によってそれぞれだからだ。僕の場合、それは哲学や思想だった。自分の漠然とした人生の問い、社会への問いを彼らも引き受けて、彼らなりの回答を示していた。読み始めた当初は、彼らを自分の中で位置付けられずに苦しんだが、それを乗り越えて彼らの思索をゆっくりと追体験することで、自分の思索をより深めることができた。それを学ぶ前と後では、世界の見方が全く変わっていて、複雑な世界を複雑なまま捉えることが少しずつできるようになってきた。

学問、特に人文系の学問は、そういう意味では自己破壊に向いているかもしれない。しかし人文系の学問を学んでも自己破壊に至らない人もいれば、そういうものを全く学んでなくても、別のルートで自己破壊に至る人もいる。例えば恋愛。例えばスポーツ。例えばサークル。例えばバイト。要するになんでもいいのだ。既存の自分では位置付けられない何者・何物かと出会い、その何者・何物かから逃げずに向き合い、所与としてきた自己に懐疑の刃を突き立てること。これが「分解」である。

理解

「分解」を重ねた先に、次の段階がある。それが「理解」である。

 自分自身を「分解」した君の前には、色々なものがバラバラに散らばっているだろう。これまで君を支えてくれたもの、君を君たらしめたもの、君を苦しめたもの、そういったものが全て君の眼の前に横たわっている。それらにさらに「なぜか」をぶつけ、徹底的に解体する。その作業を終えたら、まずは、その一つ一つに向き合っていこう。君の場合でいえば、「自信がないのはなぜか」「なぜ社会に関わりたいのか」「なぜ生きるのが苦しいのか」など、一言で答えられないような、しかしきっとどこかにその理由があるはずのそれらの問いに対して、解体の先で露わになった何物かが、きっと答えを教えてくれる。自分に問いを立て続けた先に、「自分とは何か」という問いに対する答え、それは常に暫定解でしかないのだけど、しかし現状で出せる精一杯の答えが見つかるはずだ。

その答えは必ずしも言語化できるものではないかもしれない。あるいは、言語を含めた外部の体系に回収できないものかもしれない。それは当然だ。だからこそ、「どこを言語化できないか」を自分の中で言語化することは大切だ。そしてさらに言えば、その「言語化できない」ものが大切だったりする。だってそれは、いかなる論理やレトリックを持ってしても、否定できない君の何かだからだ。それがどこにあり、どういう形をしているかをなんとなく掴む。それが「理解」だ。

ここで注意してほしいことがある。「理解」を「理解」として処理するためには言語という形式を与えなければならない。しかし「理解」それ自体は形式ではないため、たとえ最良の形式を与えたところで、自分自身の変化、あるいは周囲の環境の変化によって、「理解」は暴れ出す。その形式を食い破ろうとする。君はそれを否定してはいけない。「理解」が暴れ出したら、またこの段階に戻って、新たな形式探しをしなくてはならない。「理解」とは小さな子供のようで、少しの時間で目まぐるしく変化する。君はそれに付き合ってあげなければならない。常に「理解」とは仮置きでしかない。それを忘れないでほしい。 

再構築

さて、「理解」を実現した君がすべきは、もう来た道を引き返すのみだ。君が形式を与えた「理解」を中心に、一つ一つ、脱いだ服をまた着るように、もう一度自分を組み立てていこう。なんだ結局元の自分に戻るだけじゃないか、と君は思うかもしれない。しかし、それは違う。自分とは何か、という問いから自分を組み立て直す作業を一度経験してみれば、その違いはわかるはずだ。今までなんとなくしていた判断、なんとなく持っていた認識枠組、世界観、そういったものが自分への問いと連関していることに君は気づくだろう。自分という存在を支えるネットワークを君は自覚するだろう。もしかしたらそのネットワークは組み変わるかもしれない。ラディカルな変容があるかもしれないし、ないかもしれない。しかし大事なのは変容の程度ではなく、君を構築している糸一本一本をほどき、知り、また結び直すという行為それ自体である。

スティーブ・ジョブズの有名なスピーチに"connecting dots"(点を繋いでいくこと)がある。人生の様々な出来事が繋がって思いがけない成功に導かれることもあるかもしれないから全てを大事にせよ。そういった教訓だ。ここで注目すべきは、点ではなく、それをつなぐ主体としての自分である。ジョブズの表現では、人生は点をつないでどこかに向かう曲がりくねった線のような印象を受けるかもしれないが、僕は人生をネットワーク的に捉えている。生きるということは、様々な点が自分という場に登場することであり、そしてその点を自分なりの方法で自分の内部に位置付けていくということだ。その中でうまく位置付けられない点もある。なぜかうまく位置づく点もある。そしてそれをつなぐ主体としての自分が存在するわけだが、我々はその主体について実はよくわかっていない。いったい何をどう思って、あるいは何があったから、点と点はそのように繋がっているのか。さらに言えば、なぜそれを点だと考えたのか。新たな点が生まれた際に、なぜその点を所与のこの点と繋いだのか。主体は中立的なように見えて、およそ偏屈で頑固である。僕が提案したいのは、それを受け入れた上で、自分はどのように偏屈なのかを知る終わりなき努力への第一歩を踏み出すべきだということだ。「再構築」を実現した君は、それ以前の君よりも、少しだけ自分を知る人間になっていることだろう。

もちろんこれは、簡単なことではない。これを実現するためには、思考力や行動力はもちろんのこと、位置付けられなさに耐える精神力が必要だ。自分を「分解」していく過程で、君はおそらく、思ってもみなかった生々しい自分と出会うだろう。それを君は位置付けられず、思わず蓋をしてしまうかもしれない。「分解」とは要するにその蓋を開けて、その中身に顔を突っ込むということだ。位置付けられなさとは、すなわち矛盾である。そして人間は矛盾に弱い。矛盾は時に人を殺す。故に、この一連の作業とは、自死と再生のプロセスということもできるかもしれない。

なぜわざわざそんなことをしなければならないのかって?それはサークルの飲み会を経験する前に親の前でお酒を飲んで潰れてみることとよく似ている。君を内側から殺す矛盾を暴く人間は、君だけとは限らない。いやむしろ、外部からそれを暴いて君をめちゃくちゃにしようとする奴なんてごまんといる。意図はなくても、結果的に君がそうなってしまうことはある。そういう奴に付け込まれないように、君は殺しても殺しきれない何物かを自分の中に見つけて、それを捕まえられないとしても、形式という籠の中に閉じ込めておかなければならない。だから君は誰よりも深く君自身の中に刃をつきたて、かつ、そこから生還しなければならない。死なないギリギリを見極めて、何度もチャレンジする必要がある。それで死んだら元も子もないから、やばいと思ったら撤退する勇気も必要だ。全て一度にやる必要はない。まずはできる範囲から、傷口をお風呂につける時に指を一本一本離していくように、ゆっくりじっくりやればいい。君にはその時間があるのだから。

おわりに

さて、ここまで長々書いてきたが、僕には君の反応が予想できる。君はきっとぽかんとした顔で「何言ってんだこいつ」と呟き、パソコンを閉じるだろう。わかっているのでそれで構わない。そもそもこの文章自体が、未経験者に経験を伝えるというおよそ言語化不可能な試みなのだ。だからより実践的でシンプルなアドバイスをしよう。

 

「誠実な思考と共に毎日を生きなさい。」 

 

生きていく上で、君はこれから多くの外部に出会うだろう。それは君を時に楽しませ、時に苦しませる。その時、思考することから逃げないでほしい。なぜ自分はこうなのか?自分とは何か?それを問い続けながら生きてほしい。もちろん人間は自分を外部化できない存在だけど、自分を一度対象化して、その上で再び引き受けるということができれば、君はどんな苦難も越えていけると僕は信じている。矛盾は人を殺すと言ったが、矛盾は生きる理由にもなる。だから君は自分の矛盾から逃げて欲しくない。自分という不思議から逃げずに向き合ってほしい。その先に、君の引き受けるべき自分がいるはずだ。

そして君はもう気づいているかもしれないが、この文章は君に語りかけるものであり、僕自身に語りかけるものでもある。僕もまだ、「分解・理解・再構築」の途上にある。この終わりなきプロジェクトの先に何があるのかわからない。でも、その先にいる自分は、きっと今より優しく強い自分だと僕は信じている。

 

最後になるが、旅立ちの期待と不安でいっぱいの君に、心からのエールを。

 

 

メイヤスーと大澤真幸とBUMP OF CHICKEN

はじめに

僕の世代でBUMP OF CHICKENが好きな人は多いだろう。僕もその一人である。その中でも特に好きなのが「カルマ」である。以下に歌詞の一部を引用する。

ガラス玉ひとつ落とされた 追いかけてもうひとつ落っこちた
ひとつ分の陽だまりに ひとつだけ残ってる

心臓が始まった時 嫌でも人は場所を取る
奪われない様に守り続けてる

汚さずに保ってきた 手でも汚れて見えた
記憶を疑う前に 記憶に疑われてる

(中略)

存在が続く限り 仕方無いから場所を取る
ひとつ分の陽だまりに ふたつはちょっと入れない

ガラス玉ひとつ落とされた 落ちた時何か弾き出した
奪い取った場所で 光を浴びた

(後略)

藤原基央(作詞・作曲)(2007)「カルマ」『orbital period』 (文字起こしは筆者)

以下で述べるのは、ここで引用した「カルマ」のメッセージを、カンタン・メイヤスーの思弁的実在論と結びつけて考えるという試論である。

各章の簡単なまとめ

第1章では、メイヤスーの『有限性の後で』を参照して思弁的実在論を概観する。メイヤスーはカント以降の相関主義を徹底することで、「実在が偶然的であるということ(偶然性)こそが絶対的な必然である」という結論に至る。

第2章では、『有限性の後で』に対する大澤真幸の批判を概観する。大澤は、「どうして、実在が偶然的(※1)である、とわれわれは知っているのか?」ということをなお問うべきであると指摘し、それは「私が他者の絶対的な実在を確信しているから」であると主張する。

第3章では、大澤の指摘を受けて、「どうして、私が他者の絶対的な実在を確信しているのか?」という問いを検討する。「他者」とは偶然性の中で「私のいる場所にいてもおかしくなかったすべてのもの」であり、それらの他者の犠牲の上に自分が実在しているという意識ゆえに、私の実在への確信はすなわち他者の実在への確信となるのだ。

 

1. メイヤスーの思弁的実在論

まず、メイヤスーの思弁的実在論とは何かについて簡単に述べよう。以下千葉・東(2016)を大いに参考にしつつ述べる。

メイヤスーの問題意識:「絶対的なもの」を取り戻す

メイヤスーが『有限性の後で』で主張しているのは、人間の思考とは独立して「実在」する「モノ」がある、ということである。メイヤスーがこれを強調したのは、カント以降の哲学が「私たち人間が世界についてどう考えるか」という考え方の枠組みばかりを研究してきたためだ。

カントは「モノ」(=「物自体」)は認識不可能であると主張し、それによってカント以降の哲学は、「モノそのもの」「世界そのもの」を考えるのではなく、「世界についての人間の思考の枠組み」だけを考えるようになった。これによって、カント以降、「モノ」は、「人間の思考の枠組み」と切り離せなくなった。

思考とモノが必ず相関する、このようなカント以降の哲学の立場を、メイヤスーは「相関主義」と呼ぶ。メイヤスーの整理では、現象学(わたしにとって世界がどう現れているかを考える)や分析哲学(言語や論理と世界の関係性を探求する)も相関主義の枠から離脱できていない。カントから現代に至る相関主義を批判することがメイヤスーの大きな目的である。

戦略としてのカント以前の哲学: デカルト

相関主義を批判するためにメイヤスーがとった戦略は、モノが人間と独立にあるということを断固として追求すること、すなわち「絶対的なもの」を追い求めることである。

メイヤスーはカント以前の哲学者であるデカルトをモデルにする。デカルトは数学的な真理が確実なものであると下が、その真理性を保証するものは何か。そこには、真理性をめぐる二段構えのモデルがある。

デカルトにとって、真理性を保証する第一原理は「神」であり、そこから派生して真理性が保証される「数学」がある。メイヤスーは、デカルトのこの二段構えを引き受けた上で、そこから神を削除したらどうなるかを考えた。

カントによる批判: 「独断的形而上学」としてのデカルト

そもそも、カント以前の哲学者の問いは「世界はどうしてこうなっているのか」であった。しかし「世界はどうしてこうなっているのか」の理由を探そうとしても、理由の理由の理由…という形で無限に交代してしまう。それが止まるとしたら、ほかのなにものにも依存しない、それ自体がそれ自体の理由になっているもの、すなわち「絶対的なもの」を持ってくるしかない。

カント以前の哲学者にとって、その「絶対的なもの」はイデア(プラトン)であったり、モナド(ライプニッツ)であったり、 まさに独断的に決められていた。そして、「絶対的なもの」の究極の形態が「神」ということになる。

この前提となるのは、哲学史における「理由律」の概念である。この世界に存在するものにはなにかしかるべき李ううがある、ということが前提とされているのだ。

これに対し、カントは相関主義的な議論を立てることで、「絶対的なもの」を、神だ、イデアだ、モナドだ、と勝手に決めて確保しようとする哲学者を「独断的形而上学」として批判した。

これにより、カント以降の哲学はある種のジレンマに陥ってしまう。デカルトのように「絶対的なもの」を「神」とする独断の道へは戻れない。しかし、相関主義の外に出るためには、「絶対的なもの」を考えるしかない。

理由律から非理由律へ: デカルトとカントを批判的に継承しつつ「絶対的なもの」へ

では、メイヤスーはどのようにこのジレンマを解消しようとしたか。

まずメイヤスーは、「ものごとには理由がある」という「理由律」を退ける。独断的形而上学では、神のような「絶対的なもの」が、世界の存在の必然性を支える役割を背負っていた。しかし「そもそもものごとには理由なんてない」と考えることで、「絶対的なもの」から、世界がこのようである理由という役割を切り離す。そうすることでようやく、カントの批判を引き受けつつ、「絶対的なもの」を思索することが可能となる。

つまりメイヤスーは、「絶対的なもの」を確保するために、理由律から「非理由律」へという方向に向かうのだ。本文より引用する。

いかなるものであれ、しかじかに存在し、しかじかに存在し続け、別様にならない理由はない。世界の事物についても、世界の諸法則についてもそうである。まったく実在的に、すべては崩壊しうる。木々も星々も、星々も諸法則も、自然法則も論理法則も、である。これは、あらゆるものに滅びを運命づけるような究極の法則があるからではない。いかなるものであれ、それを滅びないように護ってくれる究極の法則が不在であるからなのである。(メイヤスー2011=2016:94)

偶然性の絶対性: 偶然性こそが絶対的な必然である

よって、メイヤスーの哲学では、この世界がこうであることに理由はなく、たまたまこうなっているに過ぎない。この世界の全てに全く必然性はなく、今ある世界は全く偶然にこうなっているだであり、神はおらず、理由も必然性もない。

ここから、メイヤスーの考える「絶対的なもの」が見えてくる。すなわち、「偶然性こそが絶対的に必然である」ということが、メイヤスーにとっての「絶対的なもの」なのだ。これがメイヤスーの主張である。 

 

2. 大澤真幸のメイヤスー批判

メイヤスーは「偶然性(この世界が全く別様になりうるということ)」 を「絶対的なもの」として捉えることで、相関主義の循環に穴を開け、絶対的なものの実在を確保しようとした。

神の存在論的証明: 「神」は「存在する」を含む

大澤真幸は、メイヤスーの証明の背景に神の存在論的証明があることを指摘する。神の存在論的証明とは、西洋では中世以来知られていた伝統的な論理である。至高の存在としての神という概念は、「存在する」を含んでいるがゆえに、神は存在するとする証明である。神は完全なものであるため、「神」という概念にはポジティヴなものを含意する様々な述語(例えば「全知である」とか「全能である」とか)が含まれている。その中の一つに、「存在する」も含まれている。つまり、「神」は「存在する」という概念をすでに含む概念なのだ。ゆえに、神は存在する。これが神の存在論的証明である。

カントによる神の存在論的証明批判: 「存在する」は述語ではない

メイヤスーの証明は、神の存在論的証明のフォーマットに従っているが、存在論的証明に対しては、カントの『純粋理性批判』において説得的な批判がある。少し長いが引用しよう。

論理的述語と実在的述語(つまり事物を規定するもの)とを取りちがえることで生じる錯覚が、ほとんどどのような忠告も聞き入れないほどであるしだいに、仮に私がきづかなかったとしたならば、まわり途などいっさいせずに、現実存在という概念を精確に規定することをつうじて、こうした煩瑣な議論を無効なものとしようと念ったことはたしかである。論理的述語としては、なんであれ好きなものを全て用いることができる。そればかりではなく、主語も自分自身について述語づけられることができる。論理学は、あらゆる内容を捨象するからだ。しかし規定は主語の概念を超えて付け加わり、主語の概念を増大させるような述語なのである。このような規定は、だから主語の概念のうちにすでに含まれていてはならない。

存在する(Sein)」は明らかに何ら実在的述語ではない。つまりなんらかの事物の概念に付け加わりうる或るものの概念ではないのである。それは、単に或る事物の定立、あるいはある種の規定自体そのものの定立に過ぎない。論理的使用にあって、「ある」はもっぱら判断の繁辞で或る。「神は全能である」という命題は、神と全能というそれぞれの客観を有する二つの概念を含んでいる。少詞「ある」はそれらにさらにつけ加わる述語ではなく、たんに主語に関係づけるしかたで述語を定立するものに過ぎない。

(A598:B626:p.604)

カントによれば、「存在する」は、なんであれ好きなものを全て用いることができる「論理的述語」ではあるが、主語概念において含意されていることと両立しない可能性がある規定を含む「実在的述語」ではない。神という概念に含まれるポジティヴな概念は、後者の「実在的述語」である。ゆえに、カントは、神という概念から存在を分析的に演繹することができないため、神の存在証明は成立しないと考えた。

ここについて補足的に例を挙げる。例えば「神はロバである」は矛盾している。「ロバである」は実在的述語であり、主語概念である神において含意されていることと両立しないからである。しかし、「神は存在する」も「神は存在しない」もどちらも、主語概念と矛盾することがない。なぜなら、「存在する」は「実在的述語」ではないからだ。

メイヤスーの証明と神の存在論的証明の類似

大澤は、まず、メイヤスーの証明が神の存在論的証明と類似した枠組を用いていることを指摘する。神の存在論的証明は、我々が、至高の存在である神について考えることができるという事実を前提にして、ここから、至高の存在である神が存在しているという結論を導き出している。

そしてメイヤスーもまた、我々が、世界が偶然的である(別様でもありうる)ということについて考えることができる、ということを前提にしている。つまり、「我々に対して実在が現れているあり方」と「それ自体としての実在のあり方」の間の埋められないギャップ(実在の絶対的偶然性)について、我々は思考することができる。ここから、偶然性そのものの現実存在、つまり、実在がそれ自体として根源的に偶然的であるという結論が導かれるのである。

すなわち、神の存在論的証明もメイヤスーの証明も、どちらも、「神」や「偶然性」について我々が思考できることを前提にした上で、「神」や「偶然性」から、その概念の一部であるところの「存在」や「絶対的偶然性」を取り出している。

メイヤスーの困難: なぜ世界の偶有性を我々は知っているのか?

メイヤスーの証明が神の存在論的証明と類似した枠組を採用している以上、同様の批判がメイヤスーの証明にも当てはまるはずだと大澤は主張する。つまり、「存在」が実在的述語ではないとすれば、世界の偶然性について考えることができる、ということは、偶然性が絶対的なものであるということを示すものにはならない。

では、どうすればよいのか。メイヤスーは、我々が実在の偶然性の可能性について考えることができる、ということを出発点に論証を始めた。しかし、なお問わねばならなかったのは、「どうして実在が偶然的であると我々は知っているのか?」という点であると大澤は指摘する。私に対して世界がこのように現れている時、私はどうして、この世界が偶然的であると知るのだろうか?私に対しては、世界はこのようにしか現れていないのに、世界は別様でもありうると私が知っているのはどうしてなのか?私は、自分に対しての、世界のこの現れ方が全てではないと知っている。つまり、私に対しての世界のこの現れ方は部分的で、特異に偏っていることを知っているのだ。しかし、どうして、私はそのことについて確信を持てるのか?

偶然性へ私を開くものとしての「他者への確信」

この問いに対する大澤の回答は以下の通りである。

それは私が他者の絶対的な実在を知っているからである。他者とは、それに対して世界が(私とは)別様に現れるようなトポス(場所)のことである。他者が存在しうるということは、私にとっての世界のこのような現れが偶有的であるということを必然的に含意する。他者こそは、思考と咳あの相関主義的な循環から独立した、絶対的な実在である。わたあしは、他者の存在に関して、私の存在と同等の確信を持っている。この他者の存在への確信こそが、私の世界の偶有性の可能性を思考できることの根拠になっているのだ。(大澤2018:65)

メイヤスーは「絶対的なもの」の根拠として「世界の偶然性について思考できること」を出発点として提示した。一方大澤は「世界の偶然性について思考できること」の根拠として、出発点をさらに遡り、「他者の絶対的実在への確信」を指摘した。

 

3. BUMP OF CHICKENと他者への確信

前章まででメイヤスーと大澤の議論を整理した。その上で気になるのは、「他者の絶対的実在への確信」とはどういうものであり、それはどこから来るのか、という問題である。本章ではこれについて考察し、メイヤスーに対する大澤の批判を深めることを目指す。

大澤は「私は、他者の存在に関して、私の存在と同等の確信を持っている」と述べた。これはなぜか。それは、自己の存在が他者の存在を犠牲にして成立しているものであり、さらに、自己と他者の非対称な関係性において、自分が犠牲を強いる側にいることには何の必然性もなく、全くの偶然によるものだからである。整理すると以下のようになる。

  1. 自己の存在は他者の存在を犠牲にして成立している
  2. 自己が犠牲を強いる側にいるのは全くの偶然である
  3. 故に我々は自己の実在を通じて自己と同様の他者の実在を確信している

順番に見ていこう。

なお、以降の議論における「他者」概念についてここで言及しておきたい。大澤は「他者」をコミュニケーションによって関係を作れる主体であると定義しているが、以降では他者はより広く捉えられる。現前している人に限らず、人以前の人、人以外の命の存在も「他者」に含めて議論する。

1. 自己の存在は他者の存在を犠牲にして成立している

我々が生きていくためには、何か/誰かを犠牲にしなければならない。その醜い事実を鋭く抉り出すには、哲学よりも詩の方が優れていると言えるだろう。以下では二つの詩を紹介する。

くらし 石垣りん

 

食わずには生きてゆけない。

メシを

野菜を

肉を

空気を

光を

水を

親を

きょうだいを

師を

金もこころも

食わずには生きてこれなかった。

ふくれた腹をかかえ

口をぬぐえば

台所に散らばっている

にんじんのしっぽ

鳥の骨

父のはらわた

四十の日暮れ

私の目にはじめてあふれる獣の涙。 

 

石垣りん詩集』pp102-103より。

I was born 吉野弘 

 

 確か 英語を習い始めて間もない頃だ。

 

 或る夏の宵。父と一緒に寺の境内を歩いてゆくと 青い夕靄の奥から浮き出るように 白い女がこちらへやってくる。物憂げに ゆっくりと。

 

 女は身重らしかった。父に気兼ねをしながらも僕は女の腹から眼を離さなかった。頭を下にした胎児の 柔軟なうごめきを 腹のあたりに連想し それがやがて 世に生まれ出ることの不思議に打たれていた。

 

 女はゆき過ぎた。

 

 少年の思いは飛躍しやすい。 その時 僕は<生まれる>ということが まさしく<受身>である訳を ふと諒解した。僕は興奮して父に話しかけた。

----やっぱり I was born なんだね----
父は怪訝そうに僕の顔をのぞきこんだ。僕は繰り返した。
---- I was born さ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。自分の意志ではないんだね----
 その時 どんな驚きで 父は息子の言葉を聞いたか。僕の表情が単に無邪気として父の顔にうつり得たか。それを察するには 僕はまだ余りに幼なかった。僕にとってこの事は文法上の単純な発見に過ぎなかったのだから。

 

 父は無言で暫く歩いた後 思いがけない話をした。
----蜉蝣という虫はね。生まれてから二、三日で死ぬんだそうだが それなら一体 何の為に世の中へ出てくるのかと そんな事がひどく気になった頃があってね----
 僕は父を見た。父は続けた。
----友人にその話をしたら 或日 これが蜉蝣の雌だといって拡大鏡で見せてくれた。説明によると 口は全く退化して食物を摂るに適しない。胃の腑を開いても 入っているのは空気ばかり。見ると その通りなんだ。ところが 卵だけは腹の中にぎっしり充満していて ほっそりした胸の方にまで及んでいる。それはまるで 目まぐるしく繰り返される生き死にの悲しみが 咽喉もとまで こみあげているように見えるのだ。淋しい 光りの粒々だったね。私が友人の方を振り向いて<卵>というと 彼も肯いて答えた。<せつなげだね>。そんなことがあってから間もなくのことだったんだよ。お母さんがお前を生み落としてすぐに死なれたのは----。

 

 父の話のそれからあとは もう覚えていない。ただひとつ痛みのように切なく 僕の脳裡に灼きついたものがあった。
----ほっそりした母の 胸の方まで 息苦しくふさいでいた白い僕の肉体----。

 

吉野弘全詩集』pp.67-69

上記の詩に共通するのは、存在していることの罪深さ、原罪意識への目覚めである。これは冒頭で引用した「カルマ」の歌詞にも現れる。心臓が動き命が始まった瞬間から、存在のために人は場所を奪い合う。その奪い合いに敗れたものは、存在を許されない。生きるために奪い合い、そこで脱落する人間がいる以上、存在している人間の手は汚れてしまう。生きているだけで、どうしようもなく汚れていく手への自覚が、「カルマ」の歌詞には現れている。

2. 自己が犠牲を強いる側にいるのは全くの偶然である

しかし、存在のために他者を犠牲にしなければならないという事実だけでは、他者の存在を確信することにはならない。他者は自分の存在のための手段として犠牲にするものと捉えれば、他者の存在を確信しなくても存在できるからである。他者の存在を確信できるのは、他者が、確信できる自己の存在と繋がっているものだと思えるからだ。では、なぜ他者と自己は繋がっているように我々は感じるのか。

それは、自己の存在が偶然性の産物であることに由来する。受精を例にとって考えてみよう。性交時に女性の体内に入る精子の量は1000万と言われているが、そのうちめでたく受精するのは当然1つだけである。精子だけを考えたとしても、この世界に生まれてきた時点で、我々は999万9999の他者の上に存在していると言える。このように、様々な位相において、存在できている自己と存在できなかった他者の間に差は全くない。そして、その自覚故に、今存在できている自己が、これからも存在し続けられるかの保証もない。自己と他者の境界は曖昧であり、我々はいつ存在を失ってもおかしくない。

3. 故に我々は自己の実在を通じて自己と同様の他者の実在を確信している

我々は、自分の場所にいる可能性もあった他者を想像し、恐怖する。自己存在は、何者にも基礎付けられていない。偶然性溢れる世界とは、「自分の代わりに存在するはずだったもの」に溢れる世界である。そのような世界では、我々は他者の存在を確信せざるを得ない。なぜなら、存在を確信する「他者」とは、偶然性のゆらぎが少し変わった世界における「自分」であり、他者の存在の確信なくしては自分の存在も確信できないのだ。これ故に、他者は概念として思い描かれているのではなく、私にとって、他者はまさしく存在しているのである。

おわりに 

メイヤスーの思弁的実在論は、絶対的なものとしての偶然性によってカント以降の相関主義を乗り越えようとした。その偶然性について思考することの根拠を大澤は他者の存在への確信に求めた。本稿はその根拠として、自己存在のために犠牲になった他者への意識を仮説として取り上げた。後半のオリジナルな部分の議論が薄く、前半の勢いがなくなって尻切れ蜻蛉になってしまった印象は否めないが、これが暫定的な自分なりの結論である。

 

参考文献

石垣りん(1968=2015)「くらし」『石垣りん詩集』伊藤比呂美(編)、岩波書店、pp102-103。

カント、イマニュエル(1787=2012)『純粋理性批判熊野純彦(訳)、作品社

大澤真幸(2018)「根源的構成主義から思弁的実在論へ…そしてまた戻る」『現代思想1月号 現代思想の総展望2018』青土社、pp.61-66。

千葉雅也・東浩紀(2016)「神は偶然にやってくる -思弁的実在論の展開について」東浩紀(編)『ゲンロン2 慰霊の空間』ゲンロン、pp.192-216。

カンタン・メイヤスー(2011=2016)『有限性の後で -偶然性の必然性についての試論』千葉雅也・大橋完太郎・星野太(訳)、人文書院

吉野弘(1952=2014)「I was born」『吉野弘全詩集」青土社、pp.67-69。

--------

※1 メイヤスーの"contingency"は「偶然性」の他に「偶有性」と翻訳される場合もあり、例えば千葉雅也は前者、大澤は後者を採用している。本稿ではcontingecyの訳語として「偶然性」を用いる。ただし引用の場合はこの限りではない。

 

「巨人」のいない国で -「否定と肯定」批評-

否定と肯定」(原題: "Denial")を鑑賞した。今回はこの映画について書きたい。以下の拙文はネタバレを一部含みうるため、気になる方は鑑賞後にお読みいただければ幸いである。尤も、以下の文章を読んだことによって映画の面白さが減じることはないように思う。むしろ、これを読んだことでより面白い鑑賞が可能になるような文章こそ、本稿の目指すところである。この何とも無謀な試みが成功しているかどうかはさておき、素晴らしい作品なのでぜひ劇場でご覧いただきたい。

「否定」による「否定」

まず、原題の"Denial"に込められた意図について見ていきたい。公式サイトによれば、本作品のあらすじは以下の通りである。

1994年、アメリカのジョージア州アトランタにあるエモリー大学でユダヤ人女性の歴史学者デボラ・E・リップシュタットレイチェル・ワイズ)の講演が行われていた。彼女は自著「ホロコーストの真実」でイギリスの歴史家デイヴィッド・アーヴィングが訴える大量虐殺はなかったとする“ホロコースト否定論”の主張を看過できず、真っ向から否定していた。

アーヴィングはその講演に突如乗り込み彼女を攻め立て、その後名誉毀損で提訴という行動に出る。異例の法廷対決を行うことになり、訴えられた側に立証責任がある英国の司法制度の中でリップシュタットは〝ホロコースト否定論“を崩す必要があった。彼女のために、英国人による大弁護団が組織され、アウシュビッツの現地調査に繰り出すなど、歴史の真実の追求が始まった。

そして2000年1月、多くのマスコミが注目する中、王立裁判所で裁判が始まる。このかつてない歴史的裁判の行方は…

これを読んで、"Denial"はホロコースト否定論を指すと考える読者も多いだろう。しかし、"Denial"は本作品において二重の意味を持つことがパンフレットで指摘されている。

(筆者注: 本作の監督であるミック・)ジャクソンによると、本作のタイトルには二重の意味があるという。「この裁判、つまりホロコースト否定論に勝つために、リップシュタットは法廷で証人として証言をすることも、怪物(アーヴィング)に直接語りかけることも諦めなければならない」と彼は言う。「それは自己を否定することであるが、同時にアーヴィングを打ち負かす唯一の希望でもある」。

「PRODUCTION NOTES」『否定と肯定(公式パンフレット)』(2017)、ツイン、p.15

リップシュタットはユダヤ人であり、ホロコーストの研究者である。また、名前の「デボラ」が旧約聖書に登場する民を守る女性の預言者に由来することを誇りにしている。そのような彼女にとってアーヴィングのような歴史修正主義は決して許されるものではない。だからこそ彼女は、売られた喧嘩を買うために大西洋を渡ったのである。

しかし彼女の弁護団が提示した方針は、そのような彼女の意志とは裏腹なものであった。アーヴィングの挑発的な質疑応答を警戒した弁護団は、法廷での彼女の発言を禁じ、またアーヴィングの誹謗中傷に配慮して、当事者を証人として法廷に招かなかった。リップシュタットはこの冷淡とも取れる方針に当初は反発するものの、それらが弁護団のプロフェッショナリズムに裏付けられているものであること、そしてアーヴィングの著述や日記から彼の偏った主張を証明するという作戦が功を奏しはじめることで、彼女は弁護団の方針に従い、法廷で「沈黙」を貫く決意を固める。

この決意は、真っ向から歴史修正主義を否定したいと考えるリップシュタットにとって、勝訴のための自己否定を迫る決意である。しかしこの「沈黙」によって、弁護団は重要なことを成し遂げたと憲法学者の木村草太は指摘する。

確かに、誠実に学術的検討をして議論が別れる場合には、双方の主張を吟味することが不可欠だ。しかし、ホロコーストの否認と歴史学の一般的見解を併記すれば、前者が後者と並び立つ重要な見解であるような錯覚を与えるだろう。弁護団は、リップシュタットとアーヴィングを同じ土俵に絶対に立たせなかった。これこそが正しい対応なのだ。

木村草太「ディナイアル」『否定と肯定(公式パンフレット)』(2017)、ツイン、p.7

ホロコーストについてあえて語らず、弁護団に全てを委ねるという自己「否定」によって、歴史修正主義の「否定」を実現する。この否定の二重性こそが原題の"Denial"に込められた意図である。

「巨人」としての「否定」

本作品で象徴的なのは、リップシュタットとアーヴィングの対比であろう。歴史学者であるリップシュタットと、自称「歴史家」であるアーヴィング。前者は権威を伴うものであるのに対し、後者はむしろ権威を破壊する存在であることに意義を見出す。リップシュタットが大弁護団と共に法廷入りするのに対して、アーヴィングは弁護士をつけることなく独りで裁判に臨む。この非対称性を生んでいるのは、両者の肩書きや仲間に加えて、ホロコーストを否定するというアーヴィングの試みの非常識さも挙げられるだろう。そもそもアーヴィングがリップシュタットに訴訟を仕掛けたのは、自説が否定されて落ち目になっている危機感から、世間の注目を集める必要性を彼が感じたためである。

そんなアーヴィングに対するリップシュタットの「沈黙」戦術は、この非対称性を前提として初めて可能となることを我々は忘れてはならない。アーヴィングは作中で自らを「巨人(ゴリアテ)に挑むダヴィデ」に例えていたが、それは必ずしも弁護団の人数や知性だけの比喩ではない。リップシュタットの「沈黙」を可能にするのは、彼女の意見がヨーロッパにおける「巨人」であるという事実である。「沈黙」が否定を可能にしたのは事実であるが、そもそもその選択ができる程度に「歴史修正主義はあってはならない」という強い社会通念が存在するという事実にも同時に着目する必要がある。

もちろん、これはリップシュタットの訴訟の事実を減じるものではない。歴史修正主義に対して果敢に立ち向かった勇気は、大いに賞賛されるべき行為である。しかし、危機に晒されてはいるものの、ヨーロッパにおいて人権の守護者としての「巨人」の存在が、彼女の行為を助けたのもまた事実である。この条件故に、「沈黙」は彼女にとって最も有効な戦術であった。

「巨人」のいない国で

翻って我が国ではどうだろうか。これについて、政治学者の藤原帰一は、邦題と原題の差異に触れつつ以下のような指摘をしている。

それにしてもこの映画、ホロコースト否定はとんでもないという理解が確立しているからこそ成り立っているわけで、そこに日本との距離を痛感します。だって日本では、南京大虐殺はなかったとか従軍慰安婦は娼婦(しょうふ)だったなどという議論が当たり前のように行われている。ホロコーストについても、ガス室はなかったとかいったことを唱える人が日本では少なくありません。歴史修正主義が「とんでもない議論」ではない社会なんですね。

邦題は「否定と肯定」ですが、映画の原題はディナイアル、つまり「否定」。そこには否定と肯定のバランスをとるのではなく、歴史上の事実を否定するなんて信じられない、あってはならないというスタンスがあります。邦題と原題とのズレのなかに、歴史問題をめぐる欧米と日本との距離を感じました。

「藤原帰一の映画愛」毎日新聞 2017年12月3日 04時02分

また、日本出版販売の発表によれば、2017年に最も売れたノンフィクション新書はケント・ギルバートの『儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇』(講談社+α新書)であるらしい。講談社のような歴史ある出版社が、偏った儒教理解に基づいていたずらに対立を煽る「ヘイト本」を臆面もなく出版し、人々が嬉々として買い求める。これが我が国の現状である。何とも誇らしいことではないか。

この事実を踏まえて、日本においてこの裁判が行われた場合を想像しよう。その時、リップシュタットは「巨人」に守られているだろうか。残念ながら、私はどうしてもそうは思えない。むしろ目に浮かぶのは、この国の大多数の人々が、アーヴィングの弁護席に詰めかける姿である。ある人は排外主義的感情をブチまけるために。ある人は経済的な利益を追求するために。きっとその手には、黄色い表紙の新書が握られているに違いない。

こうなると、この法廷の様子は映画でのそれとは大きく異なるだろう。本作品ではアーヴングはたった一人で裁判に臨んでいたが、この法廷ではそれはリップシュタットの役回りとなる。この法廷にいる人々は誰一人として、歴史修正主義を悪だと考えていない。多くの取り巻きに支えられたアーヴィングは、こちらのいかなる問いかけにもまともに回答しない。する必要がないのである。なぜなら彼は落ち目どころか、今をときめくオピニオンリーダーなのだから。

ではこの時、リップシュタットの取るべき戦略は果たして「沈黙」だろうか。私はそうは思わない。むしろ「沈黙」することで同じ土俵に立たないように努めるのはアーヴィングの方であろう。相手を土俵に引き摺り下ろさねばならないリップシュタットは、きっとこの作品におけるアーヴィングのように、たった一人で弁論に挑むことになるだろう。木村は、「同じ土俵に立たせない」ことで、荒唐無稽な「ネッシー学説」を退けるべきであると説いた。それは、本作品においては、正しい。しかし「同じ土俵に立たせない」ことが相手に利益をもたらす空間においては、その作戦は無力どころか、歴史修正主義に更なる力を与えてしまうのではないか。ネッシー学説を喝采する民衆に対して沈黙を決め込むほど、「人権の理念」「学問的誠実さ」はこの国では尊重されていない。この残念な現実を木村は軽視しているように思う。

もちろん安易なヨーロッパ礼賛に賛同するわけではない。極右勢力の台頭はヨーロッパでも大いに注目を集めており、この裁判から20年経ってもこの問題は改善するどころか混迷を極めるばかりである。しかしヨーロッパには、ホロコーストという空前絶後の野蛮への反省から生まれた「巨人」がいる。人々の自由や平等の守護者としての「巨人」をいかに守り続けるかが、ヨーロッパが現在向き合っている問いの一つであると言えるだろう。

一方我が国には、「巨人」がいない。もしかしたら昔はいたのかもしれない。しかし少なくともここ最近は見かけない。「巨人」を失ったこの国で、我々はいかに生きていくのか。「巨人」の肩の上に乗らずとも、自らの信念に従って生きることができるだろうか。我々は新たな「巨人」を生み出すのか。それとも「巨人」不在の新たな世界を構想するのか。リップシュタット以上の困難に、我々は今直面している。

悪役アーヴィングを正義の味方リップシュタットが懲らしめる。そんな痛快な勧善懲悪物語として本作を観るのも良いだろう。しかしそれでは、この映画が、特に日本に対して投げかける深刻な問いを見逃してしまう。この映画を見て、もしあなたがリップシュタットに共感するなら、もしリップシュタットたるあなたがアーヴィングの立場に置かれた場合、リップシュタットたるあなたはどうするかを想像してみてほしい。その想像が杞憂に終わることを、切に願う一人として。

ノートの取り方と他者理解

崎門とノート

先日崎門について学ぶ機会があった。崎門とは江戸時代前期の南学派の朱子学者、山崎闇斎の門下のことである。山崎闇斎の思想自体についてはここでは割愛させていただきたい。ここで紹介したいのは、崎門の特徴についてである。山崎闇斎は徹底して朱子学者であろうとした厳格な人であった。幕府の知恵袋であった同時代の林家(林羅山・鵞峰)を「不純」であるとして痛烈に批判し、原理主義的な朱子学に忠実であろうとした。

この原理主義は講義の形式に端的に現れている。崎門の講義形式は、師匠がひたすら喋り、その言葉をひたすら書き写すというものである。これだけ聞くと、大学の講義のようなものを想像するかもしれない。しかし彼らの「書き写す」は、そんな生易しいレベルではない。師匠の言葉を一言半句も違えることなく書き写すのはもちろんのこと、師匠の仕草(机を叩いたり水を飲んだり)まで描写している講義ノートまであったという。原理主義的な朱子学を志向する闇斎の思想は、講義形式にまで影響を及ぼしていたのだ。これは他の儒家にしばしばからかわれるネタになったそうである。

朱子学は基本的発想として「道は一つに定まる」と考えるが、その一つたる師匠を取り込もうとした営みなのだろうか。崎門は日本の朱子学研究において最も研究が進んでいる分野の一つであるそうだが、それは崎門の重要性もさることながら、弟子たちが残した資料の豊富さと精密さにもその理由がありそうである。

講義ノート」ではなく「授業ノート」

この話を知って、僕はとても懐かしくなった。崎門の弟子たちのノート作りは、自分の中高時代を彷彿とさせるものであったからだ。

当時の僕は講義ノート作成に「講義ノートではなく授業ノートを作る」というこだわりを持っていた。普通講義ノートといえば、先生の話したことを書き写し、後で思い出せるようにするものである。しかし、ただ単に書き写しただけでは、後から読み返すと論理関係や事実関係がよくわからないということが多々ある。このことを踏まえて、確か中学生の頃、ノートの目的を「後から授業内容を思い出すためのもの」から「同じ授業をしろと言われたらできるような資料にすること」に変更したことを覚えている。

この二つの目的は、一見似たようなものに思えるかもしれない。しかし実際にやってみると、雲泥の差があることがよくおわかりいただけると思う。授業を再現するためには、「①授業内容を一切の曖昧さなく理解すること」「②様々な質問に回答できる用意をすること」「③雑談で用いた資料や書籍についても内容を把握しておくこと」の三つが必要である。①のために先生の考え方を完全に取り込み、その後②のためにあらゆる角度から疑問を検討して場合によっては先生に質問に行く。そして③についてもメモして後ほど参照されていた資料に当たってみる。場合によっては後日内容を付け加えたりもした。

この三者は相互に連関しており、③が①のために、つまり雑談をしっかり聞くことが先生の考え方を理解するために重要であった、ということもしばしばあった。ただ単にノートをとるだけでは、②や③はもちろんのこと、①でさえも覚束無い。全神経を集中させて授業に臨まなければならない。だから僕にとっては、全ての授業が真剣勝負であった。

なぜここまでの「努力」を僕はしていたのか、自分でもよくわからない。ただいくつか言えることはある。まず、自分は入学当初、劣等生であった。そのため、周囲の人々に追いつくためには自分の全力を発揮して然るべきであるという考え方を自然に受け入れたのだろう。しかしそのために必死にノートを取る生活を始めると、成績の向上もあり、ノートを取ること自体が楽しくなってきた。一コマという短い時間をノートに閉じ込めて、ノートを広げればその時間が浮かび上がってくる。学生生活を封入するような気持ちで、こだわりを持ってノートを作っていた。

逆に言えば、ノートを作るのが楽しい授業が好きだった。このようなノート作りに適しているのは主に知識が重要な分野である。具体的には、国語・英語・日本史・世界史・地理・生物・地学などであった。もちろんそれぞれの科目にそれぞれの楽しさがあったのは間違いないが、「ノート職人」として授業を受けていたのはこれらの科目であった。(いわゆる"文系科目"ばかりで、我ながら苦笑する)

制作したノートをもとに試験前に自室で自分で自分に授業をする、というのが僕の試験対策であった。その際、似ていたかどうかはともかくとして、先生の話し方や授業中の仕草まで真似して語りかけていたように思う。自分の内部に先生を取り込むことができれば、その先生が出題する問題が解けないはずがない。ノートに書いてあることを理解するのではなく、ノートを通じて全体を理解する。そうすればたとえ授業で扱っていない問題が出たとしても、正解に辿り着ける可能性は高い。僕はそう考えていた。この徹底した同一化は、一言半句も違えなかった崎門の精神に通じるところがあるのではないだろうか。

余談だが、そして「ノート職人」を豪語しておきながら恐縮だが、僕のノートは決して美しくない。むしろ汚い部類に入るだろう。僕のゴールは、万人にとって読みやすいノートを作るのではなく、授業を再現できるような資料を作ることだった。だから書き込みも多いし、書いた本人でなければわからないものも多々ある。しかし僕は僕なりに自分を「職人」だと思っていた。さらに余談だが、「東大生のノートは必ず美しい」なんて真っ赤な嘘である。母校の友人にはノートを一切とらない奴、教科書(それも別の科目)の余白に(本人さえも)解読不可能な字で書き散らかす奴もいた。彼らの一人からは「そもそもノートに頼っている時点で脳の機能を外部で補う必要があることの証拠、でも俺はいらない」という冗談か本気かわからない発言を聞いたこともある。にわかには信じられない発言だが、彼らが軒並み優秀であるところを見ると、あながち冗談でもないのだろうなと僕は思っている。

他者に対するノートテイキング

その後大学に入ってノートについての考え方はさらに変遷していくことになるのだが、ここではそれについては割愛したい。最後に書きたいのは、ノートは僕の学び方だけでなく、他者理解の認識枠組にまで影響している、ということである。

僕は他者と話す時、特に本気で相手を理解しようとしている時、頭の中にノートを思い浮かべ、ノートを作る要領で相手を理解しようとしている。なぜか。それは、相手の意見が自分なりに体系化されていないと、自分の言葉でそれを説明することができず、結果として相手を適切に理解できなくなると僕は考えるからだ。しかし人間の話は、原則として整理されていないし、話している人間にそれを求めるのは酷である。話しながら考える、話して初めて気づくということも往往にしてあるからだ。

だから僕はノートをとる。様々な枠組の中で相手の話はどう整理すれば良いのかを考え、自分なりにまとめて、相手に提示する。うまく説明できていたら続け、できていなかったら別の説明枠組を検討する。これを繰り返すことで、自分の言葉で相手について説明することができるようになる。これが他者理解であると僕は考えている。

こう書くと、僕がなんとも頭でっかちで感情的で非体系的なものを認めない狭量な人間に思える方もいらっしゃるかもしれない。僕がそういう人間かどうかは各々が勝手に判断してくれればいいのだが、少なくとも自己認識としては、むしろそういうものを大切にする人間であり、それゆえにノートをとっていると考えている。

正直なところ、相手の話の中で整合的なノートを取れる機会の方が稀である。多くの場合、どう位置付けていいかわからない話がいくらでも出てくる。そして、経験論として、その非体系的な何かにこそ、その人の核心に迫る何かが隠れていることが多い。それらを正確にノートに取りきるのは、はっきり言って不可能である。

しかし人間の会話の全てが非体系的かと言われればそうではない。もしそうであればコミュニケーションはそもそも成り立たない。つまり、人間の会話には体系的な部分と非体系的な部分がある。そして後者にこそ、核心がある。僕がノートを取るように他者と会話するのは、前者を整理することで後者を浮き彫りにし、その内実に迫っていくためだ。非体系的・非論理的な何かを大事にするために、体系的・論理的手法が重要なのである。両者は二項対立ではないのだ。

僕はノートを取る際、どこに位置付けていいかわからないものはノートの余白にメモしてマルで囲むようにしている。他者に対するノートテイキングは、はっきり言ってマルだらけである。僕はそのマルを取捨選択するつもりはない。全てのマルをマルとしてノートに書き記す。とはいえ、マルの中にも重要度における序列がある。僕が理解したい誰かにとって、本当に重要なマルはどれか。そのマルはその人にとっての重要さゆえに、決してマルの中身を暴ききることはできないが、少なくともそのマルが重要であることがわかることは、他者理解における大きな一歩であると僕は思う。だから僕は、ノートを取るのだ。

ノートテイキングという点に限定していうのであれば、マルが全くなく整合的に理解できる人よりも、マルがたくさんある人との対話の方が僕は楽しい。そのマルについて考えることで、自分の中に新たなノートテイキングの可能性を見いだすことができるからだ。この非体系に誠実に向き合うための体系としてのノートテイキング的整理法が、ラディカルな変革を突きつけられる日は果たして来るのだろうか。もし来るのであれば、僕はその日を歓迎したい。

「泣き寝入り」という救済

とある青年の物語

それはよく晴れた夏の終わりのサンクトペテルブルクでのことだった。ネフスキー大通りを進み、モイカ川にかかる橋を渡っていたその時、雑誌売りの男が青年の右側から近寄ってきた。その男は手に持っていた雑誌を強引に押し付けてくる。閉口した青年は両手で雑誌をはらい、男を無視して橋を渡った。

目的地は橋を渡ってすぐのところにあるカフェである。扉の前で何の気なしに肩がけカバンに手をやる。なぜかチャックが空いている。驚いてカバンに目をやると、黒々としたカバンの内側だけが目につき、そこにあったはずの財布が無くなっていた。やられた。すられたのである。

おそらくすられたのは橋の上だ。雑誌売りの男はグルだったのだろう。雑誌を押し付けて右側に注意を向けておき、左側からカバンのチャックを開けて、財布を盗む。かなり手馴れていないとできない盗みである。サンクトペテルブルクはロシア屈指の観光地なので、彼らは観光客を狙ったプロの窃盗コンビ、あるいはグループなのかもしれない。

盗みに気づき青年は激しく動揺した。財布にはかなりの金額が入っていた。普段の旅では財布は当然複数所持し、それぞれ服の内側など取られにくいところに入れている。しかし今回は完全に油断していた。友人との旅だったからだろう。海外に行く時に持っておくべき警戒心が明らかに薄かった。それは薄々感づいていたことであり、しかし自分ではどうしようもないものでもあった。そのしっぺ返しを、最悪の形で食らってしまったのだ。

しかし動揺しても何にもならない。緊急時こそまず落ち着くべきなのだ。不自然に高鳴る鼓動を抑えるように何度も深く呼吸しながら、まずは領事館に赴き、電話を借りてカードを止めた。そして領事の方と今後について相談する。海外で窃盗被害にあった場合は地元の警察に被害届を発行してもらうのが一般的であるが、ロシアの警察は対応が悪く、当然英語も喋れない。通訳を雇う費用や待ち時間などのコストを考えれば、被害届を申請しない方が賢明であるという。保険会社に問い合わせても、すられた財布自体の補償はあるがその中身については補償できないらしい。これらを検討し、結局青年は被害届を出さなかった。

さて、想像してみてほしい。被害届を出さなかった青年はどのような気持ちだったろうか。青年は大金を盗まれたのにも関わらず、被害届を出さなかった。つまり青年は泣き寝入りしたのだ。彼の心中にあったのは「悔しさ」か「悲しさ」か、いずれにせよネガティヴな感情だと推察する人が多いのではないだろうか。僕もきっとそう思うだろう。サンクトペテルブルクで財布をすられる前までの僕ならば。

とっくにわかっていた読者も多いかと思うが、この青年とは僕のことである。上記の文章にフィクションはない。僕はサンクトペテルブルクで財布をすられた。くたびれたセピア色の財布は、今は中身を全て抜かれて、ユーラシア大陸のどこかに打ち捨てられているに違いない。

さて、被害届を出さなかった青年、つまり僕の気持ちに戻ろう。この時の感情を一言で表せば、それは「安心」だった。読者の中に、正解者はいただろうか。

教訓化による過去化と切断

なぜ僕は、被害届を出さずに済んだことに「安心」したのか。これを理解するためには、当時の僕の内面を丁寧に見ていく必要がある。領事館で被害届について相談するまでに、既に僕はかなりの精神的なストレスに苛まれていた。なぜカバンを前で持っていなかったのか。なぜ外国であんなに油断してしまったのか。なぜ一つの財布にあれほど大金を入れてしまったのか。窃盗に気づいた瞬間から、僕は自分を責め続けた。確かに相手は巧みな方法でカバンから財布を盗み出した。とはいえ、海外旅行における当然の警戒を怠っていなければ、防ぐことは決して不可能ではなかった。アフリカや南アメリカをバックパックを背負って旅した時と比べて、ロシアでの僕は明らかに無防備だった。

当時の僕は、ひたすらに湧き上がってくる自責の念がとても耐え難く思えて、早く過去にしたくて仕方なかったのだろう。僕は次のように理由づけをしていた。「財布をすられたのはひとえに自分の慢心のせいである。慢心していた自分は財布をすられても当然である。甘んじて受け入れて教訓とすべし。」つまり、窃盗を一種の訓話とすることで「勉強になった。以上。」というように自分の中でこの一件にピリオドを打とうとしていたのだ。すられたことを思い出すたびに、自責の念が込み上げてくる。それを教訓として回収することで、すられたことを過去として切断し、前を向こうとしているのだ。我ながら健気なことである。

そのような心理状態にあった僕が最も恐れていたのは、教訓として処理したはずの過去が別の語りによって現在に復活することである。例えば「悪いのはあなたじゃなくて犯人だ」のように訓話の構造を解体する発言や、「被害届を提出して可能性に賭けましょう」のようにその問題に向き合い続けることを求める発言が何よりも怖かった。それらは結果的に、過去として切断したはずの悪夢を現在に再接続させてしまう。結果として、なんとか追いやったはずの自責の念に、僕はまた苦しめられてしまうことになるのだ。彼らが僕を気遣って言ってくれているのがわかる分、心苦しさも募る。

だから「諦めなさい」という言葉で僕は安心したのだ。もちろん財布をすられたことは残念だし、被害金額も大きいのでとても悲しく、悔しい。しかしそれが帰ってくる可能性は極めて低いし、万が一帰ってくるとしても相当面倒なプロセスを踏まねばならない。そのプロセスの間中、僕は現在の問題として自責の念と戦わねばならない。その負担を考えれば、ここで物事を「過去」にできることに安心したのだ。安心している自分に驚く自分もいたが、本当に安心したのだから仕方がない。

この心の動きは、アンナ・フロイト防衛機制カテゴリーにおける「合理化」プロセスとして位置付けられるだろう。受け入れがたい現実に直面した際、それ自体の衝撃もさることながら、それを位置付けられない苦しみも同時に発生する。その後者の苦しみを解消するために、「慢心していた自分が悪い」というように自分の中に損害の根拠を見出し、窃盗被害は「合理的」結論であるとみなす。僕はこう発想し、戦略的に泣き寝入りすることで、自分の心を救おうと奮闘していたのだろう。

「泣き寝入り」が内包する微妙さ

もちろんこの経験を安易に一般化することは不可能だし、絶対にしてはいけない。一方で、何かしら大きな被害を受けてしまった時、それを自分のせいであると受け止めて合理化することで自分を救うという心の動きもあるのではないだろうか。例えば「泣き寝入りしたくないのに泣き寝入りさせられる」ケースに対する支援は社会をあげて実施していくべきである。一方で、「泣き寝入りすることを救済につなげている」ケースはどうだろうか。

まず大前提として、これ以上ない慎重さが求められていることは言うまでもない。「泣き寝入りによって救済しているんだからほっとくべきだ」という言説自体が泣き寝入りを強いる圧力として駆動する可能性もある。一方で、正義感だけに基づいて被害者の心を置いてけぼりにするような態度をとってしまえば、結果として被害者をむやみに傷つけてしまう可能性もある。

もちろん、泣き寝入りが存在せず、悪事を働いたものが罰せられ、人間の尊厳が正当に保護される社会こそが理想である。泣き寝入りは諦めに基づく消極的な結論であるため、「泣き寝入りという選択肢を認めろ」と主張するつもりは毛頭ない。しかし同時に、その正義感は泣き寝入りという複雑な心理構造に土足で上がり込んでいい理由にはならないだろう。誤解のないように繰り返すが、僕は泣き寝入りを決して肯定しない。しかし泣き寝入りせざるを得ないような心的状態に至ってしまうこともありうる。ゆえに我々は、泣き寝入りという状態の複雑さについてまず理解する努力をすべきであるというのが僕の主張である。

この問題はそれ自体のセンシティヴさから、何か明確なスタンスを示すことが難しい。しかしこれだけは言える。被害者を目の前にして、我々が寄り添うべきは正義感でも理想の社会ビジョンでもなく、目の前の被害者自身である。相手がどのような被害を受け、どのような心理状態であり、どのような解決にどのように進んでいくべきか。一人一人全く違うはずのそれらをひとつひとつ解きほぐし、何よりも被害者自身にとってベストの状態に至れるように全力を尽くす。それこそが「泣き寝入り」に替わる「救済」を担わんとするものの、大前提となるあり方ではないだろうか。